「赤とんぼ」の歌詞の意味は?幼少時代の実体験を元に書いた歌!

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童謡「赤とんぼ」この歌は、三木露風の幼少時代の実体験を書いた作品です。

 

「日本童謡の会」(事務局東京 伴和夫会長)が2003年公表した、「好きな童謡について」のアンケート結果は「赤とんぼ」がダントツ1位、得票数でも15%を獲得。                            民間非営利団体(NPO)「日本童謡の会」引用

 

10代から70代以上の世代別でも1位を獲得。

 

「赤とんぼ」を選んだ理由は、母が歌ってくれた、母への思いと重ね合わせているのでしょう。

 

この記事では、「赤とんぼ」の歌詞の意味と三木露風の生い立ちに付いて紹介します。

 

「赤とんぼ」の歌詞の意味は?

赤とんぼの歌詞は、三木露風の幼少時代の実体験を元に歌詞にした歌です。

1.夕焼け、小焼けの赤とんぼ

 負われて見たのはいつの日か。

 

2.山の畑の 桑の実を 

小籠に摘んだは まぼろしか。

 

3.十五で姐やは 嫁に行き

お里のたよりも 絶えはてた

 

4.夕やけ小やけの 赤とんぼ

止まっているよ 竿の先。

 

第一節の「おわれてみたのは」幼少の頃、姐やに背負われて、姐やの背中越しにみた風景を思い出して書いた詞です。 

 

追っかけるという意味の追われるではなく、姐やに背負われて見たという意味です。

 

1937年(昭和12年)に日本蓄音機商会から発行された「日本童謡全集」でも、三木はコメントを行っています。

 

幼い時の自己をいとおしむ気持ちであった。

 

姐やとあるのは、子守娘である。私の子守娘が私を背に負うて広場で遊んでいた。

 

その時に、背の上で見たのが赤とんぼである。

 

姐や(子守娘)は、実家に戻った母親が息子を不憫に思い、実家の近くから子守奉公を出すように図り、三木は実母には会えないが、たまに、実家に帰る姐やから、実母の近況を知ることが出来た。

 

姐やは嫁に行きという歌詞は、子守奉公は赤貧のための口へらし、というのは貧しいという現実もあるが、誤解を避けるために、十五で姐やは嫁に行き、というのは三木露風が15歳の時に、子守娘(姐や)が嫁に行ったという意味です。 

 

歌詞の3番は姐やが嫁にいってしまって、実母の近況を聞くこともできなくなった、という悲しい歌詞です。

 

幸せそうな風景を描きつつ、家庭内の断絶とその当時の社会状況が分かる詞です。

 

皆が知っているこの歌詞は、三木露風作詞で1921年8月、山田耕作が1927年に作曲したもので大正10年の童謡です。

 

三木露風や山田耕作にとっても、童謡の代表作で日本で一番愛されている童謡です。

 

他のアンケートでもこの「赤とんぼ」は常にトップにランクされています。 

 

他のアンケートでもこの「赤とんぼ」は常にトップにランクされています。  

 

この詩の背景、二人の創作の経緯は以下の本文で詳しく触れています。

 

常設展のご案内 - 霞城館・矢野勘治記念館

 

三木露風が北海道の函館付近のトラピスト修道院で、講師をしている時の作詞で、幼少時代に見た赤とんぼの実体験を作詞したものです。

 

午後4時頃に窓の外を見て、ふと目に付いたのが、赤とんぼである。

竿の先にじっと動くことなく止まっていた。

それを見て、幼少の頃を思い出して、作ったのが「赤とんぼ」です。

 

作詞家三木露風の「赤とんぼ」は、当初「赤とんぼ」と題したこの詩を児童教育雑誌「樫の實」1921年(大正10年)8月号に発表。

 

1927年(昭和2年)1月普段から親交のあった三木露風から贈られた童謡集「小鳥の友」の中の詩に曲をつけます。 

 

童謡「赤とんぼ」に付いて、この歌の作詞は(三木露風)です。

 

三木露風の幼少時代の実体験を作詞したのがこの歌です。

 

歌詞の3番は姐やが嫁にいってしまって、実母の近況を聞くこともできなくなった、という悲しい歌詞です。

 

幸せそうな風景を描きつつ、家庭内の断絶とその当時の社会状況が分かる詞です。

皆が知っているこの歌詞は、三木露風作詞で1921年8月、山田耕作が1927年に作曲したもので大正10年の童謡です。

 

三木露風や山田耕作にとっても、童謡の代表作で日本で一番愛されている童謡です。

他のアンケートでもこの「赤とんぼ」は常にトップにランクされています。 

 

この詩の背景、二人の創作の経緯は以下の本文で詳しく触れています。

 

常設展のご案内 - 霞城館・矢野勘治記念館

 

三木露風が、北海道の函館付近のトラピスト修道院で、講師をしている時の作詞で、幼少時代に見た赤とんぼの実体験を作詞したものです。

 

午後4時頃に窓の外を見て、ふと目に付いたのが、赤とんぼである。 

 

竿の先にじっと動くことなく止まっていた。

 

それを見て、幼少の頃を思い出して、作ったのが「赤とんぼ」です。

 

作詞家三木露風の「赤とんぼ」は、当初「赤とんぼ」と題したこの詩を児童教育雑誌「樫の實」1921年(大正10年)8月号に発表。

 

1927年(昭和2年)1月普段から親交のあった三木露風から、贈られた童謡集「小鳥の友」の中の詩に曲をつけます。

 

幼少時代の実体験を元に作った歌!

三木露風は5歳の時に母親が家を出ていき、母親とは分かれて、祖父に養育されます。

 

現実は子守奉公の姐やに育てられ、その時の思い出を歌にしたものです。

 

1937年(昭和12年)に日本蓄音機商会から発行された「日本童謡全集」でも、三木はコメントを行っています。

 

幼い時の自己をいとおしむ気持ちであった。

姐やとあるのは、子守娘である。私の子守娘が私を背に負うて広場で遊んでいた。

その時に、背の上で見たのが赤とんぼである。

 

幸せそうな風景を描きつつ、家庭内の断絶とその当時の社会状況が分かる詞です。

 

姐やは、母親のいない三木を可愛がってくれた。

 

 

赤とんぼは、三木のさびしい幼少時代の実体験を元に思い出を歌った歌です。

 

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赤とんぼの「姐や」とお里とは?

「赤とんぼ」の姐やとは、三木露風の子守をした子守娘の事です。

しかも、姐やは実の姉さんではありません。

 

「お里」は姐やの生まれた村の事。

当時は手紙での便りではなく、お嫁に行った姐やの消息を人伝に聞いたり、噂として聞いていたと解釈したほうが相応しいでしょう。

 

 

赤とんぼはなぜ秋の季語?

夏の暑さが和らぐ頃、成熟して真っ赤になったアキアカネが、群れを成して里に下りてきます。

 

そのために、真っ赤なアキアカネを見て、秋を感じていた。

 

そのために、アキアカネ「赤とんぼ」は秋の季語です。

 

赤とんぼには秋の夕暮れの美しさと切なさが詠まれている!

移ろいゆく時間の中で、失われていくものもあるが、思い出として、時間が経過しても変わらない秋の情景、夕暮れの美しさと切なさを表現した歌です。

 

幼少時代を過ごした故郷を偲びながら、この歌を作り、秋の夕暮れの赤とんぼを見て、郷愁をそそる懐かしさと切なさを、上手く表現している歌詞が「赤とんぼ」です。

 

言葉や文章の力は、言葉の表面にない、裏にある実情を知らなくても、書き手の溢れるような思いや、気持ちが不思議と伝わるものです。

 

「赤とんぼ」の歌に、哀愁をおびた、物かなしさと切なさが表れているのは、作詞家の溢れる思いが込められていたからであり、心の拠り所、そのものだからこそ、日本人の心として、時代を超えて歌い継がれるのではないかと思います。

 

まとめ

「赤とんぼ」は、三木露風作詞で1921年8月、山田耕作が1927年に作曲したもので大正10年の童謡です。

民間非営利団体(NPO)の「日本童謡の会」(伴 和夫会長)が2003年公表した「好きな童謡について」のアンケート結果、「赤とんぼ」が1位で得票数でも15%を獲得。

10代から70代以上の世代別でも1位を獲得。

三木露風がトラピスト修道院で、講師をしている時の作詞で、幼少時代に見た赤とんぼの風景を作詞したものです。

1番の歌詞 おわれて見たのは、三木露風が幼少の頃、姐やに背負われて見たという意味です。

3番の歌詞 姐やが嫁にいって、実母の近況を聞くこともできなくなった、という悲しい歌詞です。

時間が経過しても変わらない、秋の夕暮れの美しさと切なさを表現したのが、三木露風の「赤とんぼ」です。

「赤とんぼ」は三木露風の幼少時代の思い出から作られた歌です。

日本人の心として時代を超えて歌い継がれる名曲です。

 

移ろいゆく時間の中で、失われていくものもあるが、思い出として、時間が経過しても変わらない秋の情景、夕暮れの美しさと切なさを表現したのが、三木露風の実体験を元にした「赤とんぼ」の歌詞です。

日本人の心のふるさと、素晴らしい名曲「赤とんぼ」、いつまでも歌い継がれることを願っています。

 

最後まで読んでいただいて有難うございました。

 

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