若山牧水の作品の特徴は! 旅と酒の歌人「漂泊の旅人」の生涯と短歌

情報

若山牧水は1885年(明治18年8月24日生まれ)宮崎県日向市の出身で戦前の日本の歌人。

本名を若山繁といいます。

宮崎県生まれの国民的歌人。

早稲田に進学したときにはすでに短歌を多く詠み、歌人になることを決めていました。

若山牧水の作品の特徴は、明治時代の浪漫主義の作品が絶大に支持される傾向の中にあって、牧水は自分の感性を大切にして自然を愛した作風。

文芸に馴染みがなくても、好感を持たれる作風を確立した。

自然主義文学で広く、人々の心に共鳴して、時代や世代を越えて今尚、広く庶民の心を魅了してやみません。

若山牧水の本名は?

若山牧水は姉3人の下に誕生して、牧水の祖父(医者)が本名を「玄虎」(げんこ)と命名しようと決めていました。

しかし、姉たちがその名前を気に入らず、祖父が診察で留守にしている間に役所に行って、繁で本名を届けた経緯があります。

若山牧水の本名は若山繁です。

繁はその当時、姉たちが読んでいた小説の主人公の名前です。

酒を愛し旅を愛し、漂白の歌人として有名な歌人です。

宮崎で有名な歌に「ふるさとの尾鈴の山の悲しさよ 秋も煙のたなびきており」という歌があります。

この歌は宮崎県の日向市の尾鈴山を詠んだ歌です。

これらの歌は父の死やこれから先の生活で、思い悩むような不調の時に詠んだ歌です。

「ふるさとの尾鈴の山の悲しさよ 秋も煙のたなびきており」

「人がみなものをいふうとましさよ、わがくちびるのみにくさよ」

過去に若山牧水の生誕の地を訪れた事がありますが、坪谷川の畔(ほとり)に、生家は祖父が建てた家で現在でも、その当時のままの佇まいを保存されています。

牧水は坪谷尋常小学校でその当時は、尋常小学校は4年生までですが、勉強もできて、足も早く、運動も得意でパーフェクトな人間でした。

学校から帰ってからは、山にでかけてキノコや山芋を掘ったりして、自然に触れて育ちました。

その幼少期の過程で自然に触れていたことが、牧水の和歌に大きな影響を与えたのでしょう。

父と母、双方の深い愛情と共に、自然の中で幼少期より豊かな感受性を育み、後に歌人としてその感性と才能を大きく発揮します。

           若山牧水は雅号でその由来は牧水本人が述べている

若山牧水の牧水は18歳の時に雅号として、その由来は牧水本人が述べているとおり。

「牧水」の牧はその当時、最も愛していたものの名前を繋ぎ合わせたもので、牧は母親の名前の牧(まき)と坪谷川や渓の水の2つを繋ぎ合わせたものです。

若山牧水の有名な歌は

幾山河超え去りゆかば寂しさの はてなむ国ぞ きょうも旅行く

若山牧水の代表作であり、今なお多くの人に慕われている名作です。

満たされない思いが消えることを願って旅を続けるけれど、寂しさや哀しみは癒える事なく真の幸福(happiness)や安らぎ(peace of mind)には出会えない。

「漂白の歌人」として牧水の代表的な歌です。

この歌に似ている歌がドイツの詩人、カール.ヘルマン.ブッセの「山のあなたの空遠く幸い住むと人のいふ唯われひとと尋ね行きて、、、」若い青春時代に抱いた感情を歌にしてわかり易い言葉で歌として表現しているからです。

白鳥は哀しからずや空の青

海のあおにも そまずただよう

「白鳥は悲しくないのだろうか、空にも海の青い色にも染まらずに一羽大空を漂っている」

これらの名歌が誕生した背景には、小夜子という女性への熱烈な恋があった。

その恋については歌人、俵 万智さんの「牧水の恋」で鮮やかに蘇っています。

記事の下で紹介しています、御覧ください。

「幾山河、、、」とならぶ代表作で最も多くの人達に読まれているうたです。

われ歌を歌えり きょうも故わかぬ哀しみどもに うち追われつつ

「私は歌を歌い詠む。今日も理由の分からない悲しみに追い立てられるようにして」

けふもまた心の鐘を打ち鳴らしつつあくがれて行く

「今日もまた、巡礼のように心の鐘を鳴らしながら、憧れて旅に出ていくのだ」

山ねむる山のふもとに海ねむるかなしき春の国を旅ゆく

「山が眠る、その山の麓には海が眠る、そのような美しく愛しい春のこの国を旅して行くのだ」

白玉の歯にしみとおる秋の夜の酒は静かに飲むべかりけれ

「その白い歯にすら染み透るような味わいの秋の夜の酒は、心静かに飲んでその風情を楽しもう」

しみじみとした歌で牧水の歌の中でも有名な歌です。

ちんちろり 男ばかりの酒の夜を あれちんちろりなきいずるかな

この「チンチロン、、、」の歌は第一歌集「海の声」にあるもので、「紀の国青岸にて」と記してある。

早稲田大学4年制の夏休みを故郷で過ごし8月下旬、上京途中神戸から大阪、和歌山、奈良を旅しながら帰京。

この歌は、和歌山に滞在した時に詠んだ歌で、文学仲間が集って酒席となった時の状況を詠んで酒好きな牧水にとっては、初秋にマツムシの鳴き声がきこえて来る、突然鳴き出した様子を上手く表現しています。

若山牧水の作品の特徴は

若山牧水の作品の特徴は、明治時代の浪漫主義の作品が支持される傾向にあったが、自分の感性を大切にして自然を愛した1910年の歌集「別離」は流れるようなリズムと清新な作風。

文芸に馴染みがなくても好感を持たれる作風を確立。

恋愛の詩は、浪漫的な印象の歌が数多くその後の歌集「みなかみ」は、口語短歌の技法も取り入れています。

旅の時にもその時々に、牧水が愛していた自然を詠んだ歌を数多く見られるのが特徴。

牧水の酒好きは有名ですが、酒宴のように賑やかな雰囲気よりも嗜むような飲み方を好んでいた。

「幾山河越え去り行かば寂しさのはてなむ国ぞ今日も旅行く」
牧水のこの歌は、ドイツの詩人、カール.ヘルマン.ブッセの、「山のあなたの空遠く幸い住むと人のいふ唯われひとと尋(と)め行さしぐみ、かへりきぬ。

山のあなたのなお遠く「幸い」住むと人の言う、と似た歌ですね。

しかし牧水の歌と違うところは、牧水の歌のように絶望感は感じられない。

幸福は近くにあることに気づいているように感じます。

ベルギーの詩人・劇作家のモーリス・メーテルリンク(1862年~1949年)の童話「青い鳥」とも似ています。

小学生の頃読んだ記憶がありますが、幼い兄弟のチルチルとミチルが幸せの青い鳥を探しに「過去の国」と「未来の国」と「夜の国」といろいろな国を旅しますが、幸せの青い鳥には巡り会えません。

旅から帰って来て、自分の家の鳥かごの中に幸せの青い鳥がいることに気が付きます。

この童話も若山牧水の「幾山河越え去り行かば寂しさの はてなむ国ぞ 今日も旅行く」の根本は相通じるものがありますね。

この歌は満たされない心の苦悩やさまざまな思いや、「幸福」と心の穏やかに過ごせる安住の地(safeliving land)を求めて旅を続けた、正に牧水の生き様を巧に表現した彼自身の心そのものです。

しかし、その求めた成果は得られず、酒浸りになり肝硬変で43歳の若さでこの世をさります。

「漂泊の歌人」そのままの生き様ですね。

満たされない思いや苦悩、寂しさを解消するために飲む酒、一日一升の酒で解消しようとしても中々解決出来ない。

幸せはどこか遠くにあるものではない、幸福は自身の心の中にあるもの。

牧水は酒豪で一日一升の酒を飲んでいたせいで暑い夏に亡くなりましたが、死後も腐臭がなかったために、生前のアルコールが体内に残っていたせいでしょうか?

腐臭がないため、医師が驚いたというエピソードあります。

幸せはどこか遠くにあるものではない、幸福は自身の心の中にあるもの、改めてそのように考えさせられました。

live normally  普通に生きる 日々感謝で過ごしましょう。

最後まで読んでいただいてありがとうございました。

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